目次
名前は消している
議事録やヒアリングメモ、アンケート結果。
名前は削除した。
個人情報は抜いた「つもり」だ。
その状態でAIに投げると、
文章が整理され、要点が浮かび上がる。
匿名化しているのだから問題ない。
そう判断してしまうのは自然だ。
悪気は、まったくない
隠そうとしているわけではない。
漏らそうとしているわけでもない。
むしろ、
配慮しているつもりだし、
気をつけているという自覚もある。
だからここで、判断は一度止まる。
専門家から見た一言
セキスペから見れば、事故になりうる状態だ。
匿名は、名前だけでは成立しない
名前を消しただけで、
匿名になったと感じてしまう。
しかし現実には、
発言内容、役職、立場、経緯がそろえば、
個人は簡単に浮かび上がる。
黒塗りした書類を見て、
「誰の話か分かってしまう」
あの感覚と同じだ。
匿名にした“つもり”でも、
匿名ではないことがある。
判断の線は、ここにある
管理の外に出た時点で、事故になりうる状態になる。
匿名かどうかは本質ではない。
実際に特定されたかどうかも、まだ本質ではない。
特定されうる構造を、
管理の外に出したかどうか。
判断は、そこだ。
なぜ判断は、ずれるのか
理由は、人の感覚にある。
名前を消したことで安心する。
一部を伏せたことで安全だと思う。
「ここまでやれば大丈夫だろう」と感じる。
こうして、
判断が途中で止まる構造が生まれる。
技術の問題ではない。
判断の置き所の問題だ。
前提を、置き直す
匿名化するな、という話ではない。
AIを使うな、という話でもない。
必要なのは、前提の更新だ。
名前だけでなく、
文脈や役割から
個人が浮かび上がらないか。
そこまで含めて、
匿名と考える必要がある。
それを手順ではなく、
使う前提として置く。
なお、企業契約のAIであっても、使い方の判断は必要である。
匿名でも、判断は残る。


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