承認を外すことに、
あまり怖さはなかった。
なぜなら、
すでに現場で判断が行われていることを、
確認できていたからだ。
最初は、承認を置いた
AS-ISの業務フローに沿って改善を進めた結果、
「承認」は避けて通れない工程だった。
もともと、ハンコで行われていた承認である。
だから、To-Beでもそれを残した。
ハンコを、
Teams上の承認ボタンに置き換えた。
この判断自体は、論理的だったと思っている。
少なくとも、この時点で外す理由はなかった。
承認は、本当に判断になっているのか
第一弾の改善が回り始めてから、
実際の運用を見ていて、違和感を覚えた。
承認ボタンが押されている。
だが、そこに「判断している気配」がない。
誰かが迷っている様子もない。
質問も出てこない。
承認は、
ただの作業になっているのではないか。
そう感じた。
なぜ、皆は心配していないのか
最初に浮かんだ疑問は、これだった。
なぜ、
これだけ重要なアレルギー対応について、
誰も不安そうにしていないのか。
そこで、あらためて現場を見た。
判断は、別の場所にあった
実際には、こうだった。
- 栄養士と調理師は、
メニューを決める段階で、アレルギー対応を確認していた - 施設職員側では、
アレルギー対応ファイルを印刷し、回覧していた - 当日も、その資料を机上に置き、確認していた
つまり、
承認ボタンが押される前に、
すでに複数の場所で確認が行われていた。
承認ボタン以外のところで、
判断は完結していた。
承認は、重複だった
この状態を見て、確信した。
承認を外すことは、
確認を減らすことではない。
判断を減らすことでもない。
すでに行われている判断の上に、
もう一つボタンを重ねていただけだった。
承認は、
判断ではなく、確認済みであることを示す作業だった。
最初から分かっていたわけではない
最初から、
「この承認はいらない」と分かっていたわけではない。
もし、最初から外していたら、
それは想像による判断になっていたと思う。
承認を一度、フローに組み込み、
実際に回したからこそ、
それが作業になっていることに気づけた。
現場が、
「大丈夫だ」という事実を示してくれた。
だから、怖くなかった
承認を外す判断に、
大きな怖さはなかった。
施設職員という立場から見て、
食堂業者側が、
きちんと確認していることが分かっていたからだ。
判断は、すでに済んでいた。
外したのは、
その判断をなぞるだけの工程だった。
振り返って思うこと
この改善は、
承認を廃止した話ではない。
判断が、
どこで行われているのかを見極めた話だ。
形式を残すかどうかより、
実態を見る。
その結果として、
承認は不要になった。
※ この判断が、常に正解とは限らない。
ただ、この現場では、
これが一番、自然だった。


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