FAXを廃止したい、と思うこと自体は珍しくない。
多くの職場で、一度は話題に上がる。
ただ、それを組織に馴染ませるとなると話は別だ。
ツールを変えれば終わり、という問題ではない。
実際に立ちはだかるのは、いつも「反対」である。
古参の反対は、変化そのものへの拒否ではなかった
FAX廃止を進めようとしたとき、古参職員から反対が出た。
よくある構図だと思う。
だが、話を聞いていて感じたのは、
その反対が単純な「変化への拒否」ではないということだった。
- 新しい操作を覚えなければならない不安
- うまくいかなかったときの責任の所在
- これまで積み上げてきたやり方を否定される感覚
こうしたものが、FAXという形を借りて表に出てきていた。
反対は感情論ではなく、
合理的な防衛反応だった。
私がやらなかったこと
当時、取れる選択肢はいくつもあった。
- 「FAXは時代遅れだ」と説明する
- 新しいツールの利便性をプレゼンする
- トップダウンで一気に切り替える
どれも正論であり、間違ってはいない。
だが、私はこれらをやらなかった。
理由は単純で、定着しないと分かっていたからだ。
正論で人は動かない。
少なくとも、現場ではそうだった。
FAXをやめる前にやったこと
私が最初にやったのは、
FAXをどう扱うかを決めることではない。
業務を一度、すべて見える形にすることだった。
そのために使ったのが、BPMNである。
選んだ理由は多くない。
- 誰の仕事も否定しない
- 「人」ではなく「流れ」を主語にできる
- 事実だけを淡々と並べられる
改善案を出すためではなく、
現状をそのまま置くための道具として使った。

見えてきたボトルネック
業務フローを書き出していくと、
一つの傾向がはっきり見えてきた。
FAXを起点に、業務が何度も止まっている。
文字が読みにくく再確認の電話が入り、
そのたびに手戻りが発生していた。
いわゆる業務のボトルネックは、
FAXそのものというより、
FAXを起点にした一連のやり取りだった。
読みづらさによる確認、電話での聞き取り、
書類の手渡しと再送。
その往復が、業務を何度も止めていた。
その状態を、図として可視化し、関係者と共有した。

図を共有したときの反応
多忙にしている要因は、
皆、なんとなく感じてはいた。
だが、業務フロー図で改めてボトルネックを確認すると、
その事実がはっきりと見えた。
そして同時に、
そこを改善すれば、楽になる未来も見えた。
反対の声は、いつの間にか聞こえなくなっていた。
それが、全体の反応だった。
議論の主語が変わった
この時点で、
「FAXを廃止すべきか」という議論は消えていた。
代わりに出てきたのは、
「この工程、どうする?」
という問いだった。
FAXを守るか、なくすか、ではない。
業務としてどう処理するかという話に、
自然と論点が移っていた。
結果として、
反対していた職員が議論に参加し、
新しい流れの説明役に回るようになった。
結果として起きたこと
最終的に、FAXは廃止された。
ただし、それは目的ではなかった。
あくまで、結果の一つに過ぎない。
重要だったのは、
- 新しいツールが「上から降ってきたもの」にならなかったこと
- 現場の負担が減る未来を、全員が共有できたこと
FAXをなくしたというより、
納得できる形に置き換わったという感覚が近い。
振り返って思うこと
FAX廃止は、目的ではなかった。
たまたま、結果としてそうなっただけだ。
この経験以降、
私が現場の改善で意識していることは一つである。
「何を変えるか」より、
「何を主語にするか」
人を主語にすると、対立が生まれる。
流れを主語にすると、話が前に進む。
※ このやり方が正解とは限らない。
ただ、当時の私には、これが一番静かに効いた。


コメント